ひかりの表情

2019.10.05 Saturday

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    JUGEMテーマ:日々のくらし

     

    それぞれの家から漏れるひかりの表情が変わったなぁ。

     

    私が子供の頃、それこそ電柱についていた街灯は白熱電球だった。

    それには、まあるい傘が付いていた。

    とてもシンプルなというより、安っぽいものだった。

    そして家だって白熱電球の照明器具で、どんなものだったか憶えてはいないけれど

    確か簡単な傘がやはり着いていたと思う。

    そんな白熱球もいつの頃からか、だんだんと蛍光灯の照明器具に変わっていく。

    白い白い、とにかく白い「光」。最初点いたときは感動モノだっただろう。

    その照明は、部屋をまんべんなく照らしてくれる明るい照明として

    特に作業する部屋、勉強する部屋に重宝されたのだと思う。

    私が小学校3,4年の頃に家を改築したのだけれど、

    その時子供部屋ができてそこに付いていたのが、シーリングの蛍光灯器具だった。

    これで勉強が良くできた、訳では勿論なく全然普通だったけれど。

    当時、白熱電球は赤いひかりで、蛍光灯は青っぽいひかりだった。

    それは当時出てきたばかりのマンションで明確に差が分かったものだ。

    外から見たときガラスから漏れるひかりの色が全然違うのである。

    その違う色が集まっているマンションというモノをなんとなく好きだったのを思い出す。

    マンションの前を通るたび、

    そこにいる人たちは幸せなんだろうなぁと勝手に想像した。

    漏れくるひかりはそんなことを考えさせるのだ。

     

    漏れくるひかりといえば一戸建て住宅。

    一戸建ては部分的に見えるあかりに雰囲気があったと思う。

    当時は小さい家が多かった。多くが貧しかったので、それこそ貸家も多かったのだ。

    玄関の小さなガラス張りの部分、キッチンの窓から見えるあかり。

    勿論掃き出し窓から漏れるひかり。

    時代が進むにつれてつまらない平板なひかりになりつつあると思う。

    蛍光灯に限らず現代の照明は

    確かに暗い部分が部屋にない。それは素晴らしい事なのかもしれない。

    でも、部屋の中に暗い部分と明るい部分があった方が、

    落ち着いた気分になれるような気がするのは私だけなのだろうか。

     

    現在、消費電力などの関係から白熱球はだんだんなくなってきている。

    海外では白熱球禁止の国もあると聞いたことがある。本当か嘘かは定かではないけれど。

    今では色温度を変えることによって、一つの照明で白熱球のようにも、蛍光灯のようにもできる。

    それでもやはり白熱電球にしか表せない表情があるのではないか。

    まだまだ残って欲しいものだ。

     

    さて、それから外から見て表情の変わった原因として、窓のガラスがあるだろう。

    私が小さい頃は、ガラス窓のガラスが模様入りが多かった。

    透き通った板ガラスはまだ技術的に平面度合いが悪かったのではなかろうか。

    それだからか、曇りガラスや模様入り(装飾)ガラスが多くあった。

    それとも上のような理由とは違うのかもしれないが、どちらにしても

    雰囲気は現在の透明なガラスより模様などのはいったガラスの方が良く見えて、

    それがひかりの表情を良く見せていた。

    昔ながらの、というか、古い家はまだその様なガラスがはいっていて、その上照明も古いままだったりするようで

    ひかりに色々な表情がある。

    また、家も建築士によって建てられた家は、そういったことも考えられていることが多いのかもしれない。

    ひかりの表情が人の心を豊かにするような気がするのだ。

     

    現在のひかりは表情に乏しく、というよりシンプルにまた無表情であることが求められているのかもしれない。

    まあ、それも仕方ない。表情のないのがかっこいい時代なのかもしれない。

     

     

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